現代の中国人が犯す主な論理的錯誤
普遍への訴え、相対性への訴え、史実への訴え、権威への訴え、早まった一般化、千の嘘は真実となる、混乱への訴え——中国人がよく使う七つの論理の誤りと、その本質。

普遍への訴え(時流への訴え):天下のカラスはみな黒い。アメリカやヨーロッパなど西側の国にも良くないところはあるし、貧しい人もいるし、愛国教育もある。だから我が国の教育も西側と変わらない——という論法である。これは、ご飯を食べることと糞を食べることの本質的な違いを無視している。
相対性への訴え:世の中に絶対的な自由も、絶対的な教育の公平も、絶対的に良い教育も存在しない——これは近代以降の中国人が、いわゆる「弁証法」を用いて自ら組み立てた、中国的な特色を持つ論理の誤りである。大多数の概念は絶対的なものではない。もしすべての定義が「絶対的」でなければ真とならないのなら、人類の言語の体系そのものが崩れ去ってしまう。現実には相対的に良いものが存在し、相対的に悪いものも存在する。大多数の中国人はこの点を最後まで整理できず、「みんな相対的なのだから、結局は同じだ」と考える。これもまた、ご飯と糞の本質的な違いを無視している。
史実への訴え:中華文明5000年の歴史、先祖の知恵を信じよ——という論法である。魯迅の一言を引いて反駁しておく。「昔からそうだからといって、それが正しいのか?」
権威への訴え:師を尊び道を重んじよ、という論法である。教師は、中国が作り上げた地上の煉獄における絶対の権威であり、何人もこれを否定してはならない。教師がこの体系の中で至高の発言権を占めている以上、教師が教室で注ぎ込む思想には無条件に従うべきであり、省みることも批判することも許されない——そういう理屈になる。
早まった一般化:清華大学や北京大学の学生はかつて「西も東も問わず」ひたすら学んだのだから、今の高校三年生も同じように黙ってひたすら学ぶべきだ、という論法である。この誤りは、教育の体系が学生に苦しみを強いるための重要な論拠にもなっている。彼らは「西も東も問わず」の旗を掲げれば、心置きなく学生に地獄のような責め苦を負わせながら、しかもそれを学生のためだと信じ込むことができる。
千の嘘は真実となる(洗脳):「この世は生きるに値する」。この主張には、論理の誤りというものが存在しない。そもそも何の論理もなく、いかなる論理からもこの主張を導き出せないからだ。ただこの嘘を千回繰り返す。すると、それが真理になる。
混乱への訴え:中国人は管理されなければならない、中国人は資質が低いから民主主義に向かない、という論法である。中国が全体主義を採るのもやむを得ない選択であり、中国が混乱に陥るのを避けるためなのだ、と。
これらの論理の誤りは、本質的にはいずれも洗脳のためのものである。